· 七つの茨道

窓から見える風景はいつもより新鮮に感じられる。
何気無い緑が、鮮やかに彩られていく。

電車内に人の気配は無い。
…二人しか見えないだけで、本当は他にも何者かが乗車しているのかもしれないが。

へらへらの横顔を眺める。
その視線に気付いたのか、「早く着くといいね」
優しい声で楽しみが倍になる。
駅の構内で買った菓子を鞄から取り出して
「あーん」
素直に口を開けて小さなクッキーを咀嚼する。
手から口へと。
サクッと砕けて甘い香りが口の中に広がる。
「美味しいね。」
がたごとと、揺れる電車は、どこか知らない場所へ行く。
駅に停車し、そこから少し歩く。
桜が散った五月。
新緑が芽吹く。生命が踊り出す。

手はずっと繋ぐが、会話はまちまちだ。
だが、沈黙は、苦ではない。

「へらへら、あそこの河原!」

山の隙間から流れた水が川になり、せせらいでいる。
そこの近くまで歩いて行き、レジャーシートを敷く。

私は、その辺に落ちている石を拾って川へ投げ飛ばす。
石は空を切り、水面を蹴り、水底へ落ちる。
大きさや、軽さで加減を考えて…、水面へ投げる!
「上手だね 鈴ちゃん」
「そーでしょ!」
「ねぇ、ねぇ、へらへらは、このお水も絵で描けるの?」
「難しいけど、…表現は出来るよ」
この時の私は、いや、今でもそうだが、
透明な物を絵に描き表せられる事が凄い事だと思っている。
手で掬った水は指の間から溢れていく。
この水は水色じゃない。
この澄んだ色を彼は描ける。
それは、料理や洗濯より役に立たないかもしれない。
けれど、凄く素敵な事だと思う。
川に足を浸すと冷ややかな水が足全体を冷やす。
バシャバシャと川の中を歩く。
太陽に反射して光るものが見えた。
近くに寄って川底に手を突っ込み、掬い出す。
「なにかなぁ」
ハートが割れた様な形の硝子。
投げ捨てて、変形したのか、元々この形だったのかはわからない。
「うーん……」
少し考えてから、川から足を上げる。
「へらへら、絵の具と筆を貸して欲しいの」
「はい、どうぞ 鈴ちゃんもお絵描き?」
近くの石を何個か拾い、その中から一つを選ぶ。
拾った硝子を見ながら、その形に合う様に石に模様を描く。
一組に戻った欠片を投げ捨てられた近くに置く。
「一人ぼっちは寂しいなの」
そうだねと、微笑む彼の表情は優しかった。
その表情を私しか知らないのだと思うとドキりとする。
胸が熱くなる感覚が指先にまで到達する。
そんなことも知らないで、へらへらと笑うものだから
私は「へらへらは乙女心わからないから」と、悪態をつくのだ。
錆びた線路を真っ直ぐ。
橙色が照らすトンネルを抜けると、
ここまで連れて来てくれた電車が迎えに来ている。
繋いだ手は幼いまま。
「へらへら~~~ すずのこと好き?」
「好きだよ~ 鈴ちゃんのこと」
「えへ、えへへへ~ いーこと、聞いちゃった」
行きよりもずっと近くに座ってにこにことした顔で彼を見つめる。

寄り掛かった体はドキドキなんてしていない。
けど、窓から射し込む夕陽はとても綺麗に見えた。

その後は眠ってしまって、起こされたのは電車が止まってから。

「おはよう」と、起こす声に安堵を覚え、寝惚け眼のまま隙だらけのおでこにキスをした。
「おはよーなの」

彼の顔は夜の暗い影で見えなかったけれど、いつも繋ぐ手は日向ぼっこしたみたいに熱かった。

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