· 七つの茨道

仏様は三度許してくれると言う。
なら、神様は、何度まで許してくれるのだろうか。

頭の中はくだらない質疑応答を繰り返すが、
手はいつも通りの業務を行う。

酒と油物の臭い。
囁き声、怒鳴り声、喝采、笑い声、泣いている声。
声と、人とが混ざり合い、静かな時など、どこにもない。
どこにでもある居酒屋。

そして、どこにでもいる店員。
それが私だ。

だから、カウンターに座った異国風の男が
下世話な話をしていたとしても、私には関係の無い話だ。

「寺子屋の先生、ありゃ~美人だねぇ さとり先生だっけか?」

先程まで女優の話をしていた男が、
急に身近な人物の名をあげた。

「そうですね とってもお綺麗だと思いますよ。」
「おっ、話がわかるねぇ でも、あの、茶髪のおねえーちゃん ありゃあ、べっぴんだね」
私も、隣に居た男性も口元を緩ませた。

「彼女じゃなくて、彼ですよ。」

私は男を否定をした声に何とく聞き覚えがあり、
料理を作る手を止めた。

長い黒髪を一つに纏め、コップ片手に薄く笑う顔。
河瀬社さん。

…妖界で、一番偉い神様だ。
……そして、愛妻…いや、愛夫か…? 呼び方はわからないが、確か愛妻家でとても有名だ。
それに、この人は敵に回すと恐ろしい。

それが私個人の見解も含め、妖怪全体の意見だ。

けれど、今は怒ってなさそうにも見える。
…何故?

「ありゃ~ そうなのかい 勿体無いね。女だったらモテただろうに。」

何が勿体無いのか私にはさっぱりわからないが、男は口惜しそうに酒を呑んだ。

「教師ってのはエロくていけねぇな」

「普段真面目ですからね。その分、ギャップがありますから。」

男は性的な話になると、途端に口を滑らせ、饒舌に語り出す。

「女の子じゃねーってのは残念だが、あれだけ可愛けりゃ、男でもイケそうだよな!?」

「あ~~~ 参観日に玩具ぶち込んだまま授業させてぇ~~!

こっそり父兄に混じったらバレねぇだろ!」

「あんまり生徒の数も多くないですよ」

「んじゃ、観光に来たんですけど~ 校内見せてくださーい って言えば

なんーかあのおっとりした顔なら許してくれんじゃないかって、な!」

男の話す内容は正直聞くに耐えなかったが、この後、男がどうなるのかは見たかったのだ。
私は、この男の様に、火事に薪をくべる様な真似はしないだろうし。

男は更に、言葉を続け、自分自身に酔って上機嫌なまま席を立ち上がり、帰ると告げる。
河瀬さんも一緒に立ち、会計をする。

「下卑た話の迷惑料。」少ないけどね と、笑って店を後にする。
私がもし可愛らしい少女であれば、心底惚れ込んでいただろう。

会計が済んだ二人を追いかけて店の裏口へと走る。
そこではまだ話をしている二人が見えた。
何を話しているかは聞こえないが、二人で同じ道を進んだ。
あっちは人通りの少ない路地裏。
バレない様に距離を空けつつ、近寄る。
「で、なんだって言うんだ? さっきの話か?」
「あぁ、そうだよ。」

河瀬さんは指を右へ動かす。
それに合わせて男の頬は数センチ切れた。
破れた皮膚からは血が流れ、その痛さを主人に伝える。

何すんだ!と、言いたげな男を黒い影で覆う。

「俺の嫁を散々、馬鹿にしてくれたなぁ?」
影は指に、腕に、足に、心臓に…、全てを拘束し、男の体を数センチ持ち上げる。
足が届きそうで、届かない微妙な距離だ。
「誰彼構わず、そんな話をしちゃ、ダメだ」
「俺も君をどうしようかと、妄想してたんだけど、やっぱり実現しないから楽しいんだよね」
影は優しく男を包み込み、「でも、お前は実現させようと、した。」

「迷惑なんだよ」

「あの時、胸倉を掴むのは簡単だった。けれど、逃げられてしまうかもしれない。
酔っぱらいの言うことだ。真に受けるなと、誰かに諌められてしまう…かもしれない。
もしかしたら、和雪の事を言葉で貶すかもしれない。
大事になれば、何が原因かを聞かれ、和雪は必然的に辱められる。
耐え難き、恥辱に耐えなければならない。」

「許せない。」

「許せないなぁ」

男は雑巾を絞る様に真っ黒な影に締め上げられた。
地面を濡らす血だけが男の存在証明だ。
「下、ネタ ならね、俺も許してやったよ。
でも、ジョークじゃないのは、ただの侵害さ」
「何か言いたい事はあるか?」
男は全身血塗れで、息も絶え絶えだった。
素人の私でもわかるくらいに、死にかけだった。

「……れ、……ゆる、て……れ…」

「和雪に謝るのが先だろうが!!」

凄まじい怒声と共に、男の四肢は引き千切れ、腕がこちらに転がってくる。
「ひいっ…」
思わず蹴り飛ばしてしまう。

大量の出血をし、男は死んだ。
詳しい死因など私にはわからないが、多分。
見た感じで言えば。

男が死んだと、同時に、路地裏に人が入って来て
「社様」と声をかける。
若い女性、年下の男の子、おばさん、青年…老若男女が混ざりあっている。
社様と呼んだ女性はハンカチを差し出す。
「ありがとう。これも好きに使って」
べったりと血液のついた羽織を女性は大切そうに持つ。
…恍惚の表情を見せたまま。

「片付けておいてね。近々、遊びに行くから。」
路地裏に集る人々の目が、藤の花を咲かす。
その中心で、神様は、どんな花より美しい笑みを浮かべていた。

あれは、きっと神様の戯れだったのだろう。
許すも、許さないもなく、ただの無邪気な悪戯(あそび)

なんて、醜悪で、美しいのだろう。

私は、あの日からずっと瞳を見るのが怖い。

あの人達と同じ目をしているんじゃないかって。

あぁ、尊くも、妖しくも。

藤色の瞳は、鏡越しに、神への賛辞を毎夜、囁く。

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