· 七つの茨道

呼び鈴を押すのにどうしてこうも躊躇ってしまうのだろう。
未だに実感がわかないからだろうか。

人差し指をグッと押し付けると、数秒の内に足音が聞こえる。
「はぁ~い」
穏やかで優しい声は、来客者を暖かく迎える。

「忍、おかえりなさい」
春の様な暖かさ。
浮き足立った体は桜に攫われる。

「今日はね~忍の好きな物!」
お母さんの笑顔には花が咲く。
母に使う単語として正しいのかは不明だが、
正直、「可憐」と言う二文字が似合っている。
「ありがとう 嬉しいよ」

母と夕飯の準備をする内に父も帰って来た。
父はいつも、ただいま代わりに頭をくしゃくしゃと撫でる。
「今日は、何かあったか~?」
「あのね、あのね、さっき、閻魔庁に犬が迷い込んでさぁ…」
父は話を聞いて意見を言う。
時には冗談だったりするが、ずっと、ずっと先を見ている人だなぁと思う。
母は隣で心配してくれたり、励ましてくれる。

二人の会話を聞くだけの日々を何十、何百と積み重ね、ようやく声が届くのだ。
両親からしてみれば他愛の無い話かもしれない。
だが、俺にとっては特別な事だ。

いつか、俺も他愛の無い話をしようと思う。
家族と話す事が当たり前の事になったら、きっとしよう。

母の料理は相変わらず美味しい。
濃すぎず、薄過ぎず、丁度いい塩梅だ。

昔は料理下手だったんだよと、母は笑った。
「でも、社が居たからもっと頑張ろうって思えた。
今度は忍の為にもっともっと美味しい物作るね」
真っ直ぐで芯の通った母はカッコイイ
時々、男性だと言うことを忘れがちになるが、
ふと見せる態度に男性の性が染み込んでいるのだと実感させられる。

水を流す音を背に、縁側から見える桜を見ていた。
父と母に見せたかった景色だ。

「綺麗な夜桜だな」
父は桜花の色をした酒瓶を手に笑いかけた。
「父さんにも、母さんにも見せたかったから」
俺は素直に自分の心を吐露した。
「流石は俺の息子だ」
抱きしめられた。
その体は大きいものではなかったが、父からの愛情は体へ伝わる。

父も流石に恥ずかしかったのか、先んじて酒を勧めてきた。

一口呑むと冷たい液体の筈なのに熱さが喉に伝わる。
頭の中を溶かしていく感覚。
「忍、俺はまだあの世界が幾度となく、
終わりと始まりを結んでいる世界だなんて実感出来ない。
見た目も、性格も違えど、和雪と出会ってる事も。」
酒を飲み干して、焼かれた喉で父は言う。
「けど、どれだけ世界が変わろうと、容姿が変わろうとも
和雪の事が好きで…、そして、お前の存在を望んでいるのなら、それは紛れも無く河瀬社だ。」
もし、宇宙人になろうとも、人間以外の動物に変わったとしても、紛れも無く自分は河瀬社だと。
愛する者が存在する事こそが自身の存在証明なのだと社は笑う。

和雪と、社。両者に望まれる事が俺の存在証明だ。
何十、何百、何千、何万… 莫大な年月が過ぎたとしても、
彼らに望まれ続ける限り、俺は俺なのだと。

「何話してたの?」
洗い物の終わった母が会話に混ざった。
「内緒~ 酔っ払いにしかわかんないよ」
「えー!ずるい 俺も飲む!」
母のコップに酒を注ぎ、手渡す。

母ほど酒の似合わない人も居ないと、笑う。
「確かに」と笑う父に対して抗議する母はやはり子供に見えた。

夜風が桜を揺らし、花びらを運ぶ。
「かずきゅんに、桜」
髪の毛についた花弁を手で触れた。
その手は頬を撫で、「攫われるんじゃないかと思って心配したよ」
「社が止めに来てくれるよ」
「綺麗なだけじゃ、かずきゅんは攫えないってね。」
楽しげに笑う勝者の笑みは見る者を惹かせる。

「もっと深く、かずきゅんの事を知って、愛さないと…」
母が父の名を愛おしく呟く。
父と母は、相変わらずラブラブなので、多少は、こんな雰囲気にも慣れっこになってしまったが…
俺は、息子として、溜息の代わりに、気まずく咳払いをするのだった。

就寝の際は母と、父の間に挟まって寝る。
川の字…になっているかは、父の名誉の為に黙っておく。


二人の日常に加えさせてもらう事。
存在を認めてもらう事。
それが幸せで、幸せで…

眠っている両親の頭をそっと撫でる。
その惚けた顔にさっきの桜が笑っていた。

All Posts
×

Almost done…

We just sent you an email. Please click the link in the email to confirm your subscription!

OKSubscriptions powered by Strikingly