· 七つの茨道

私は先生から渡された部活届けを未だ、空白にしていた。
新入生は必ず部活動に入れとのお達しだ。

特にやる気も無く、また、特に親しい仲の友人が居るでもない私は、
袖の長い制服を持て余していた。

「家庭部~! 美味しいケーキありますよぉ~! 皆で作りましょー!」
「体育館で今、体験入部出来ますよ! バスケ部員~~!!」
「未経験でも大丈夫ですよー!」
外はしっちゃかめっちゃかに、声が重なる。

吹奏楽部は有名なJ-popを演奏しているし、
テニス部は女生徒が可愛らしいユニフォーム姿で紙を配っている。
先輩方の大きな声に連られて、おどおどとした表情のまま、一年生はついて行く。
来年は逆の立場になりそうだ。

さぁて、私もどこかに見学に行こうかな…。
お目当ての文芸部は昨日行ったしな…
まぁ、私は書く方ではなく、読む方なので、一抹の不安はあるのだが。
「弓道部、体験入部してますよ。」
袴…でいいのだろうか。
多分、大方の予想通りな格好をした先輩が私にビラを渡した。
弓道部か…。
まぁ、やったことないけど、行ってみたら面白いかもしれない。
下手くそでもどうせ入部しないんだ 別にいいでしょ
私はその紙を配っていた先輩に声をかけ、
体験が出来る場所まで連れて行ってもらった。
裏庭は、先程までの場所とは違い静かな方だ。
とは言え、他の部活の声はするが。

案内してくれた先輩が紙を補充しに行ってしまい
少しの心細さを感じつつ、きょろきょろしていると、
「見学か?」
弓を持った三年生がこちらに視線を向けた。
「は、はい」
「こっちに来るといい」
その無愛想な男の先輩は、簡単に的を射る説明をしてくれた。

「実践してみるのが一番だ。」
渡された弓はずっしりとした重さがある。

結構重いなぁ……
想像よりずっと大変じゃないと、自分の突発的な行動に対しての

愚痴も思わず出そうになったが、まずは、矢を射る事に集中しなきゃ

スっと空気が変わる。
何も聞こえない。
ざわめきの一つも。
グッと引いて、離す。
風圧で髪が少し揺れる。
…と、カッコつけたのはいいけど、
矢は真ん中よりやや外れた場所に突き刺さっていた。
「あー、外れちゃいました」
適当な笑顔で誤魔化したのに、先輩は「綺麗だ」とだけ呟いた
…もしかしてフォームとかが良かったのかな

「部活は決まってないんだろう?なら、弓道部を勧める。損はさせん。」
「皆に言ってるんじゃないんですか、それ」
口元に手を当てて小さく笑う。
「…いや、違う…」
先輩は口篭って、何かを言いたそうにした。
数秒思考した後、 あまり上手く言えないが と、前置きをして
「矢を射る時の姿が綺麗だったんだ。また見たいと思ってな」
あぁ、やっぱり姿勢か。
入部させる為とは言え、男の子に綺麗だと言われるのは気恥しいものである。

「先輩が面倒見てくれるなら入部しちゃおっかななんて…」
「俺は厳しいぞ 入部なら後で三年生にも報告しなければな」
ニッと笑う姿にドキりとした。

「三年生に報告…? 先輩は三年生なんじゃ…?」
「俺は二年だ 二年の狗邏だ。」
「えぇ!?二年生… ごめんなさい 勘違いしてたみたいです。」
「いや、気しなくて良い …他の一年も言っていたからな…… そんなに、俺は年上に見えるのか」
「狗邏先輩が大人っぽくてカッコイイから、そう見ちゃったんです」
ニコりと笑って不思議そうにする先輩を見る。
「二年の、狗邏先輩 よろしくお願いしますね」

そして、あの初対面の日から随分と経った。
先輩は朝練の時は一番早く来て準備をしている。
他の先輩方はさっさと帰って一年に片付けを押し付けるが、
狗邏先輩だけは、最後まで手伝ってくれていた。

それと私は、狗邏先輩と二人きりの会話を楽しんでいた。
「今朝、雪たくさん降ってましたね」
「あぁ、積もるかもしれんな」
「冬が終わって春が来たら、今度は私が先輩か~…」
「姫百合ならきっと良い手本になれるぞ」

 

「先輩と言えば、私が部活をここに決めたの、狗邏先輩のおかげです。」
「だって、真面目な顔して、射る姿が綺麗だって言うから、なんとなく、気になっちゃうじゃないですか」
先輩は珍しく顔を背け、
「姫百合の表情があまりにも綺麗だったから、言葉に出てしまったのだ。」
「えっ?打つ姿勢の事を言ったんじゃなかったんですか?」
「いや、それはただの素人だと感じただけだが…」
じゃあ、まるで、狗邏先輩は私に…一目惚れしたみたいだ

「俺は、今でも姫百合の事を綺麗だと思っている。」
相手からの好きで、自覚する好きだっていいじゃないか。
意識した瞬間、熱風が顔を歪ませる。
先にある何かを得る為に、私は手を伸ばした。
それからと言うもの、私は先輩に「好き」を伝える事をした。
形にするには曖昧な気持ちだったかもしれない。
けれど、私は…想いを伝えたかったのだ。
放課後の二人。
誰も居ない部室。
そんな所で話す。男女の仲だと思われてもよかった。
いや、私が、そうなりたかったのだ。

春が過ぎ、後輩は賑やかな声を出す。
狗邏先輩と、私は学年しか変わらない。
だが、「姫百合、少しいいか。」
部活でなにかありましたかと尋ねる前に、
狗邏先輩は「個人的な話だ」と告げ、背を向けた。

どく、どく 心臓が嫌な汗をかく。
なんだろう…

その日はあまり部活に集中出来なかった。
一人、また一人と減って行く部員を眺めながら手を休める。
早く、早く話したい。
「姫百合、後は任せたよ」
「うん、またね」
最後の一人を見送った。

「姫百合」
私を呼ぶ声はいつもと変わらない。
けれど、私を握る手は先輩と後輩のそれ、ではなかった。
「俺は姫百合の事が好きだ」
「…私も狗邏先輩の事好きですよ」
近付いた視線。
そっと目を閉じて、唇が触れるのを待つ。
「もう一回」
今度は私の方から先輩の方へとする。

付き合ってからキスするのが早いとか、遅いとかは、
わからないけど、とにかく今、私は狗邏先輩とキスをしたかった。

「先輩の手、熱い」
「いつも通りだ」
先輩の手を頬に当て「ほら、熱い」
大きな手は動揺こそしないものの、悪事を見つかった猫の様に
少々居心地悪そうに目を逸らした。

初デートの時、二人共、ぴったり十分前に足を揃えた。
「狗邏先輩お早いですね」
「待たせては悪いからな」
私服の先輩は何度か見たことがあるけど、やっぱりカッコイイ
「姫百合は今日、スカートなんだな 可愛らしいな」
部活の集まりはいつもショートパンツだったりするが、
今日は別だ。
「えへへ 狗邏先輩の為にオシャレしちゃいました」
「あぁ、よく似合ってるぞ」
先輩は下ろした髪にそっと触れる。
くすぐったくて、恥ずかしい事も先輩とすると楽しい。

買い物の帰りに、クレープ屋さんに寄った。
先輩は首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「同じものを二つ下さい」
先輩に一つ手渡して、公園のベンチに座る。
「狗邏先輩がクレープ知らないなんてビックリしましたよ」
「…見た事はあるが、食べた事はなくてな」
「どうですか、食べてみて」「甘いが、美味しいな」
そう言う先輩の口の周りはクリームが付いている。
「も~ 子供みたいですよ」
「むっ、悪いな…」
ハンカチで綺麗に拭き取って、隙だらけの頬にキスする。
「姫百合は大胆だったり、純情だったり、わからんな」
「それが女の子です」
なんて、笑ってみせる。
「狗邏先輩は食べるの可愛いな~」
「姫百合は食べていない時でも可愛いぞ」
さっきの仕返しとばかりに、言われて困る言葉を投げ掛けてくる。
「可愛いのは知ってます」
「そうか」
笑いを堪える先輩の姿は何よりも愛おしくて、大切な存在だ。
あの時、先輩に綺麗って言って貰えて本当に良かった。
去年の私に会ったら、言っておこう。
「狗邏先輩は三年生じゃなくて、二年生だよ」と。

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