· 七つの茨道

平和な温泉宿''天狗の鼻''とは言え、問題は起こる。
様々な年齢層の者達が集まり、宿を支えているのだ。
その中で衝突を繰り返し、互いに譲歩して行く。
仲裁をするのは決まって、次期当主の狗邏であった。

時に、喧嘩の音は廊下に漏れ、怒号と泣き声が子鴉に伝わる事がある。
目を伏せ、大人達が静かになるのを薄い布団で待つのだ。
「狗邏様」
部下の一人が書類を重ねて机に乗せる。
「確認して頂きたい書類です。」
一瞥した後、もう帰っていいぞと視線を送る。
「これは、超スーパーウルトラ大事な書類、との事で」
真面目な顔に似合わない単語に視線を部下に移す。
書類の山に可愛らしい封筒が一枚乗っかった。
部下は、あんまり無理なさらないで下さいねの言葉を残し、襖を閉じた。
封を切り、手紙を取り出す。
『狗らへ
あんまり努ってるとバカになるので、やめたほうがいいです。
みんなこわいといいます。
くらは、時時やさしいので、ちがうといいましたです。
鈴は天さいで、やさしいので、おかしをあげます。
たべてくださいます。
すずより けい具』
所々文章がおかしいが、意味はなんとなく通じる。
封筒を覗くと文章通り、水玉模様の菓子袋にクッキーが詰められている。
店で買ったであろう金平糖も花柄の袋に収まっている。
クッキーを一欠片口に放り込む。
不思議な文章を指でなぞると自然と頬を緩む。
誰も知らない小さな笑い声が部屋に響く。
「鈴」
小さな黒の群れに声をかける。
「はぁーい!」
幼子は小さな足でこちらに駆け寄り不安げな表情を見せる。
「手紙、ちゃんと書けてなかった? けーご」
「敬語のつもりだったのか?」
「ですますでしょー?」
「…文章を一度、先生に見てもらった方がいいな。
それと、怒ってるの、おこの下は心だ」
「えー! ホントー?」
目をぱちくりさせ、ころころと表情を変える。
「だから怒りに来たの…?」
「怒るなと書いてあっただろう。礼をしようと思って来たのだ。
要らなかったか?」
「いるー!」
ぴょんぴょんと跳ね、床を軋ませる。
「お礼として…今日の夕飯は鈴の好きな物になる様に言ってこようか」
「うん!何がいっかな~」

笑顔(たいよう)を曇らす雨は、今日中に払おう。
それがここを守る事にも繋がると。

「狗邏、なんで笑ってるの?」
「笑ってなどいない」
ただ、少しおかしかっただけだ。
幼子に心配される大人の姿が。

「あなたは、また恐怖を刻み込まれる…!」

おどろおどろしいBGMと共に前髪を垂らした女性が
若い男性の足首を掴む映像が流れている。

「お前らはよ寝ろ~!」
映画本編が終わり、時刻はもう十一時を回った。
子鴉より少し上の兄達が弟分を部屋に押し込める。
鈴もそれに倣い、部屋に戻る。

布団の中で何度寝返りを打っても、さっきの映像が頭に焼きついて離れない。
そればかりか暗闇を見ても、ちっとも眠くならず、寝る事も出来ない。
まだ光が灯ってる場所へ行こう。
細っこい手足が布団を蹴飛ばした。

「なんだ」
襖を開けると筆を置き、明日の身支度を整えている狗邏の姿があった。
枕を見せて「一緒に寝て!」
「一人で寝られるだろう」
「ちがうのー いつもは寝られるけどー
さっきー、お兄ちゃんと『岬に落ちる霊壺』見てたの~!」
手を暫し休めて、「あぁ、あの映画か」
「女の人がぎゃーっと出て来るんだよ~!!」
「怖くなったのか」
「狗邏に取り憑いたらやだなーって思ったのー」
自分の手と手を握ってお祈りするポーズで訴えかける。
「あー!無言で追い出そうとしないでなのー!!!」

「もうっ、酷い目にあったなの」
「嘘をつくからだ」
「うーそーじゃーなーいー」

「電気消すから静かにな」
「やー! 電気消しちゃいやなのーー」
動く狗邏の体にくっついて離さない。
「これ」
剥がそうとするのを首を振って拒否する。
狗邏が急に手を振りがしたので、怒られるんじゃないかと目をぎゅっと瞑る。
「…? ほれ、豆電球にしてやるから」
「わぁ!ほんと?」
豆電球にしたのも束の間、すぐ電気を消した。
「ぎゃーー!!!」
「寝かしつけてやらねばならんとは赤子に戻ったな 鈴よ」
怒ったりしたいのは山々だが、重くなった瞼がそれを許さない。
ぼんやりとした頭で「…………お、とう…さん」にも、してあげれば…よかったと、考えるのであった。
翌日、なんだが妙に皆が優しかった。
どうしてだろう?
不思議な顔をする私に狗邏は、何も言わずただ頭を撫でるだけなのであった。
品の良い格好した大らかなお婆さんが二人を見送る。
「また来るねー!おばあちゃん」
少女は大きく手を振った。
青年の方は頭を下げ、背を向けて歩き出す。
「簡単なお使いだったね お菓子貰っちゃったし~」
「皆と分けて食べるんだぞ」
鈴は口笛を吹きながら、道の端を渡って行く。
全く…、聞いているんだが、そうじゃないのか
車通りは人間界に比べ、無いに等しい。
正確に言えば''車''ではなく、火車通りか。
商店街の方へ降りるといつも活気に満ち溢れている。
魑魅魍魎が跋扈して人間の真似事を繰り返し、繰り返し。

貨物を運ぶ飛脚が通行を止める。
数十秒待った後、変わらない道を歩く。

騒々しい音は響くのに、稚拙な笛の音は聞こえない。
「鈴!」
振り返れど、真っ赤な着物はどこにも落ちていない。

「鈴! 鈴!!」
声は重なった声に潰され、地の染みになる。
さっきの飛脚待ちの時か。
まだ遠くには行っていないだろう。
ちゃんと自分が見ていなかったから…
自責が鼓動を早める。
あちらこちらを見ても鈴の姿はどこにも見当たらない。
こういう時こそ冷静に。
視覚を頼らず、体感で察する。
「…いた」
目を開けると同時に足は地を蹴り、黒い翼が天を羽ばたく

「ね~こさん~」
黒猫は鬱陶しそうな顔をしながらも少女の遊び相手を務める。
「もっとあそび…」
烏の羽ばたきが少女の声を奪う。
その目には激昂の色さえ見える。
心配も、言い訳の言葉すらなく、肉体による躾が彼女の脳に響く。
「いっ、たぁーーい!!!」
「一人で行くなと言った筈だろう」
少女の足元に座る猫が気まずそうに尻尾を揺らす。
「猫がいたから…… すぐ戻ろうと思ったんだもん!」
「一人で居たら危ないであろう」
「……この子も一人だったもん 二人だよ」
そんな言い訳通じると思ってるのか?と言わんばかりに腕を組む。
その視線に耐えられなくなり「………ごめんなさい」を言う。

「宿に戻れなくなったら鈴も、帰りを待ってる者達も困るだろう。」
「…寂しい」
「今度からは手を離さない様に。わかったか」
ぽろぽろ流す涙の声を聞かれたくなくて無言で頷く。
小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと道は進んで行く。
大きな手はしっかりと手を繋ぎ合わせ、時折こちらに視線を落とす。
駄菓子屋でピタリと止まり、「どれがいい」
商品棚を指を差し、狭い店内へと引き込む。

大きなペロペロキャンディを一つ口に頬張らせる。
ほんのりしょっぱいのは気の所為か。
「いる?」
「要らん」
「そう…」
狗邏がなにを考えてるかわからないのは、いつもの事だけど
口の中に広がる不器用な甘さだけは愛おしかった。

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