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葉桜舞う 氷雪城

· 七つの茨道

美しかった桜も散り、真新しい葉達が木々を彩る中、
年中変わらない二人が悪戯の下準備をしていた。
「傘に飴を入れるなんて非道な事をするもんだ!!」
嘆かわしいと言わんばかりの顔とは正反対に、手は飴を持っている。
「ほんっと酷い事するもんだよ」
様々な種類の飴は傘に収まり、静かに決行の時を待つ。

子供用の傘は飴入れに変えられ、不服そうだ。
それを意に介さず、諺と社は満足気な顔をした。
「こんなに穏やかなんじゃ、悪戯の一つや、三つ、したくなるのが性(さが)だよね」

その様子を、どこからか覗いてる妖達がいた。
「やっぱり壱華は神を作り上げたんだ」
真っ白な髪は彼の動きに合わせてふわりと動く。
「…けど、こっちに来てるって事は……失敗したんだな」
「神に相応しいか、腕試ししてみっか?」
忍者を彷彿とさせる格好をした彼に、厳つい男は同意を求めた。
「手加減をするなら上だって怒らないだろう。」
「おっ、話わかんじゃーん」
二人共立ち上がり、下界に降りる準備を始める。

「天邪鬼さ~、殺したらマジで怒られんだからやめなよ?」
「サトリはなーーんもしなさすぎ!」
先に立ち上がっていた忍者の男は
「手加減しなかった時の責任はもたんからな」スタスタと先を歩いて行く。
「不知火が一番楽しむ気満々なんじゃねーの?」
「かもね」

サトリはいち早く先程の景色に辿り着く。
天邪鬼と、不知火は辺りを散策してから来ると言っていた。

「さーてと、あの場所は何処かな~」
大きな旅館が薄らと見えている。
あそこかな?
あれを見た時、なーんかなんちゃら旅館みたいなのが見えたんだよね~
幾らか歩くと、''天狗の鼻''と言う大きな看板が見え始めた。
「天狗の鼻…へし折っちゃうぞ~ なんつって!」
子供にしか見えない体を活かし、玄関から堂々と入る。
従業員に何か聞かれたら「お母さんを探してる」と、言えば大概は信じてくれる。

「こんにちは」
黒髪の美人がこちらに向けて挨拶をした。
「こんにちは お姉さん」
他の従業員と同じ格好の着物で、手には空のお盆を携えている。
「あのー、聞きたい事があるんだけどいーい?」
「どうかしたのかな?」
「あのね、社って人ここに泊まってる?」
女性は「泊まってはいないけど、遊びには来るわよ。
丁度今、いるんじゃないかしら …呼びに行きましょうか?」
「ううん、お母さんに遊びに行くって伝えてから行くよ」
「そっか。気を付けてね」

女性は手を振ってこの場を去った。
「スゲーな 殆どノイズ無しじゃん やっぱ美人は余裕あるってか!」
サトリは名の通り心情が読み取れた。
そして本音では無い言葉には騒音が纏う。

二階を見てから一階を責めるか。
さっきの女性と会うのは得策では無いと判断したからだ。

木造建築の階段はギシギシと音を立てる。
後ろからの音で登る速度を緩める。
男性が後ろから軽やかに登り、上がったすぐ側の部屋の襖を引く
「おまたせ社」
「待ってたよ~」
近くで聞き耳を立て、内容を盗み聞く。

「綿飴作る機械あるって聞いてさぁ、もういてもたってもいらん無くなっちゃって~」
「へ~凄いですね」
「わたパ わたパしよ」
何かを出す物音が聞き取れた。

当分ここから出ないなら一人攫って社を呼び出すか…。
不知火と天邪鬼に作戦を伝える為、一旦宿を後にした。

ーーーー同時刻。

不知火と天邪鬼は新聞社に来ていた。
テレビの普及率が上がったとは言え、
携帯を持たない妖怪達にとって情報源は限られている。
「あの、旅館でスッッッッゲーーーことが起きるわけ マジでヤバめの」
「……具体的には?」
「神が来る訳よ。神が。 ま、負けっけどな 神は」
迷惑そうな目で天邪鬼を見ている女性記者。
だが、その顔は、ある一言で変わる。
「社、って知らん? 有名だと思ったんだけどなー」
「社…? それは河瀬社様の事を言っているの?」
その目は最早、記者ではなかった。
「気が変わったわ。詳しく教えてくれないかしら。
これから何処で、何が起こるのか。」

その目は、…………………紫煙に巻かれ、藤色の花を咲かせていた。

三人は再び集まり、会議をしていた。
「不知火はあの茶髪を攫って、俺はそれをあえて社に伝える。
前座の化け物を拵えてね。あ、天邪鬼はそこに居て」
「なーんで俺だけ何も役割ねーんだよ」
「天邪鬼は戦闘で頑張って貰うから」
会議は滞りなく終わった。

不知火はサトリに耳打ちをする。
「新聞の輩がここに来る。」
「なぁんで?」
「天邪鬼が呼んでいた。信仰を下げる為、と言っていたが…
本当は目立ちたいんじゃないか?」
「なぁーるほどね ま、いいんじゃない?うちの特攻隊長として頑張ってよね」

決行は、夕刻、忍びである不知火に時など関係ないが…
先程話した文屋がその時間がいいと話すので、融通を利かせたのだ。
時は、もう差し迫っていたーーーー が、何も知らない神様は、子鴉に綿飴を配っていた。

綿飴の材料を下へ取りに行く途中、ふっ、っと意識が途切れた。
不知火は名も知らぬ青年を抱え、目的の場所へと走る。

二階に待機していたサトリは「あれ、遅いね」の声と同時に
大きな声で「たすけてぇぇぇえ!!! 化物がいるよぉおお!!」
部屋に逃げ込む様に襖を開ける。
部屋の住民も一瞬気を取られるが、「どこにいるんだ!」
すぐ駆け出す用意し、少年の言葉を待つ。
「中庭に、大きな鬼が!」
天邪鬼が神様を待ってるよ。

大きな恐竜の影が中庭で暴れ回っている。
「おー、あんな綺麗なねーちゃんでもこんな化け物産むとは…
心ってのは醜いねぇ」
木の根元には黒髪の女性が気を失って倒れている。
サトリが前座として舞台に上げたのは、心から生み出された心の無い化け物。

「なんだ… あれ……」
一同は唖然とする。
化け物は温泉宿を破壊しながら歩き回る。
大きな足音だけが、地を揺らす。

「ようやく来たか 社」
視線が社へと集まる。
誰かを尋ねたいのは山々だが、それよりこの化け物を何とかしなければ…。
「何者だか知らんが、人様に迷惑をかけるのは筋違いでは無いのか?」
諺は腰に携えた刀で化け物の足を切る。
粘着性の高い黒い液体が刃を汚す。

「神ってのがどんくらいつぇーーか 試してみたくてよぉ…
つか、武器持ってねーの? ヤバくね?神だから?」


若者の声と地響きで和雪は目を覚ます。
「社!?わっ、これどうなって…」
「うっせーよ」
天邪鬼は持っていた小刀で頬に傷を付けた。
薄らと滲む血。苦痛に歪んだ顔が''社に見えてしまった'' ''確認されてしまった。''

「あっ。」

彼等 ー社の友人ー は、天邪鬼の行動があまりにも軽率だったと、本能で理解する。

河瀬社、を知る人間であればそんな事はしない。
門廻和雪を傷付ける事は万死に値する。
それは雨が降れば地面が濡れる様に、ただただ当たり前の事。
森羅万象が避けられぬ、絶対的な事象。

「…雰囲気が、変わっ、た…?」
不知火が恐る恐る事実を述べる。

神は、………妖怪の反乱にただ笑っておられた。
殺意を込めて、笑っていたのだ。

社が手を振り翳すと、幾万の鴉が空を多い尽くし
やがて形を整え、化身を創り出す。
化身は、影の化け物を喰い始めた。
骨の折れる音、血を啜る音、肉を引き千切り口の中に卑しく運ぶ。

それに気遅れしていると、急に肌寒さを感じる。
……雪だ。
ハッとして上を見上げると氷雪の城が天に浮かんでいる。
五月だと言うのに、氷は一切溶けておらず、
この城が季節を逆行させたのかと勘違いする。

和雪は籠を模した装置で、上へと登る。
宿の二階に降ろされ、籠は、再び氷へと姿を変える。

「何か、用だった?」
冷え切った声は、この場を支配する大きな城にも似ている。
「妖術だか、なんだか知らねーが、神様気取ってんじゃねーぞ!」
城の主は不機嫌そうに眉を顰める。
「神様へ頼み事でもしたかった? 『神様が倒せますように』って。」
真っ白な手で鴉を撫でる。

「玩具箱。」
不知火の方へと歩き、その首を細い指で撫でる。

動けた筈なのに。足がちっとも動かない。足が氷漬けされたみたいに。
固まったままの不知火は社の手に血がべっとりと付着しているのを目視した。

「箱。」
喉元から血が勢い良く吹き出でる。
声を出そうにもぱくぱくと空を出すだけの喉。
それを意に介さず、神は、氷の銃を至近距離で打っ放す。
腹に留まる筈の銃弾は音を立てて、床に落ちた。
なぜ?なぜ?…どうして???
考えたくもない事が頭を埋め尽くす。

「空洞」
臓器を抜かれた腹は、弾を貫通し、床に全てを落とした。

サトリも、先程まで威勢の良かった天邪鬼も黙りこくってしまった。

神様
神様 神様、神様
神、様を 神様神様。神様
神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様
神神神神

擦り込まされる。覚えさせられる。
神の存在を。

「玩具。」
だが、神は、終わらない。
見過さない。見落とさない。見捨てなどしない。

「…雪解け。」
サトリは球状のドームに包まれた。
中は見えないが、困惑した様子なのは嫌でも伝わってくる。
そして悲鳴と共にそのドームに雪解け水が注ぎ込まれた事も。

一羽の蝶が春を求めて社の指先に留まる。
彼はニッっと笑い、ドームの天井を開ける。
「助けて!!助けて!!!どうして助けてくれないの!!
誰でもいい!助けてよおおぉお!!!お願い、助けて!!!」
その蝶をドームに羽ばたかせ、
純真無垢な顔で、「仲間。」と発する。
沢山の蟲を上からバラ撒く。
響き渡る絶叫は、もう誰の耳にも届かない。


「生命、捨てましょう?」
少女の様な囁き声は、死の宣告とよく似ていた。
天邪鬼は元来の性質からか、''負け''を認める事が出来なかった。
「神だって、死ぬんだよぉぉおおお!!!」
姫を傷付けた刃、は王を掠らず、「ぐっ、あ、あ………っ…」
己の内臓を傷付けた。
指一本さえ、触れられずに床に崩れ落ちた。

「取捨選択。」
血が枯れるまで、刃は肌を切り刻み、神は、静かに時を刻む。

惨憺たる有り様だった。
その少し遠くで、その光景を目の当たりにしている女がいた。
天邪鬼が呼んだ新聞屋だ。

「社様…… 社様……… 神、神…………… 信仰を捧げる。」
ぶつぶつと呪文めいた事を吐き、社を見つめていた。
そうすると、明らかにこちらを向いて、にっこりと微笑みかけたのだ。
間違い…?
勘違い?
その言葉を否定する様に、一羽の鴉が口に文書を携え、彼女の目の前に落とす。

【キ事ヲ書ク。ソレが運命。社】

先程の笑顔も、全てこれ… そして、私はこれを書く為に産まれた…
 

鴉の目が紫では無い事など、女の眼中には無かった。

狗邏は一人、深い溜息を吐いた。
先程の女はどうしてあんな所に…
いや、それ以上に
【時かんある 全員ひなん 2かいゆうせん 中庭、姫百合ぶじ 裏庭の女に伝言】
用件だけを伝える走り書きをもう一度眺める。

―時刻は少し前へと遡る。―

「狗邏様!!大変です!」
宿中が大パニックに陥っていた。
それもその筈、大きな氷の城が一瞬にして浮かんだのだから。

窓の隙間から二羽の鴉が紙を咥えて窓際に並ぶ。
紙の文章を目が追う。
「…落ち着け、まだ時間はある!急ぎ、二階への避難指示!」
混乱の最中でも、平静を装えたのは、姫百合の安否がわかったからかもしれない。

あの紙通り、姫百合は傷一つなく気を失っていた。
今は、正気を取り戻し、女子供の世話をしている。

………これは今考えるべき事ではないな。
そっと紙を握り潰し、宿へと歩を進めた。

社が手を叩くと惨劇は音も無く消えた。
先程まで苦しんでいた三人の傷も無い。

「神様だとか、秩序とか、良くわかんないけど、
好きな場所や、好きな人、大切な人達を傷つけられたから
俺は今、怒ってた」

「正義感とかじゃない。俺は、俺の為の正義しかしない。
大勢の正義なんて、もっと頑張り屋な人がすればいい。」

「勝った者が正義なんかじゃない。
正義を貫き通せた者だけが勝者になれる。」

「君らは遊び半分で、神様を試してようと思ったのかもしれない。
だから、そこに君らが貫く正義は無かった。
だからは、君達は今、怖い思いをした。」

「喉を焼かれる。敗者の塩酸を飲み干している。」
一瞬、神が社の口を借りて、言葉を吐き出した。


「神様じゃなくて、社としてならいつでも話し相手になるから。」

三人はただ遠くを見る様に導く手を握るしか無かった。

翌日、雨が降ったので宿へ出向いた。
出禁にされるかと思ったが、宿の修復をしておいたので、
それでとんとんにして貰った…感じだろうか。

諺は窓に垂れる雨を指でなぞっていた。
「人気者じゃないか」
彼は俺に畳まれた新聞を手渡しする。
「わざと、なんだろ?……あの、言い回しも。」
「昨日のは馬鹿だったから良かったけど、次回もそうとは限らない。
一応、柵でも作っておいた方がいいかなって」
「嫁が嫉妬しなきゃ、いいな」
「しないよ かずきゅんは案外強いから」
「嫁が強いのは世の常だなぁ~」

「諺、社 嫌な心当たりがあるのでないか?」
下の階から上に向けて発される狗邏の声。
そして、子鴉達の喧しい騒ぎ声。

「他所の旦那も怖いな」
「あぁ、駆け下りるしかあるまいて」
二人は、ニッと笑いダッシュする。

その幼稚さは長年妖怪を守り続けて来た男と、
これから妖界を守る男の顔にはどうにも見えなかった。
だが、それでいいのだと皆は思うのだった。

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